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お墓参り [プライベート]

お盆の時期ですね。
いつもなら、母の墓前をお掃除してお花を供えて、仏壇の周りにほおづきを飾ったりするのですが、
今年は父だけにお任せしました。

夏休みは海で遊んだり、美味しいお魚を食べたり・・・楽しいイベントが目白押しでした。

原発30km圏内ですが、入る事はできます。父もしばらく家にいるそうです。

スマイルアゲイン実行委員会に集まったお金の集計はもう少ししたらきちんとHPでご報告したいと思います。
23、24日両日で50万円以上の支援金が集まりました。
引き続き関西地区でのチャリティーコンサートを開催しながら、被災地でのコンサートイベントの方も進めていきたいと思っています。
現在、被災地側で協力してくださる団体を探しています。
2、3回のワークショップを行い、ステージで一緒に歌う市民クワイヤを募集したり、会場を探すのにも、現地の方と協力しながら進めていきたいですしね。

そして、西区で行ったみたいにブースをたくさん出して、お客様が参加できるイベントにしたいと思います。
今回協力してくれた腕に覚えのある方たちを連れて、みんなでバスで現地へ!!なんて素敵じゃないですか??

スマイルアゲイン実行委員会では、ボランティアスタッフとして協力してくださる方を募集しています。
イベントが決まったらご案内を差し上げ、時間的に可能な方に連絡をいただき、具体的な支援内容を決めて行くというものです。
会場設営、ミュージシャンなどコンサートに必要なすべてをこのスタッフを中心に進めていきたいと思っています。
HP上で告知していきますので、みなさまどうぞよろしくお願いします。


体調 [プライベート]

木曜日から発症していたじんましんですが、日曜日から少しずつひいてきて、月曜日からは動けるようになってきました。
今朝も病院に行って来たのですが、一時的に引いている可能性もあるので、しばらくは安静にしているようにということでした。

血液検査の結果も、普通のアレルギー反応ではないそうで、原因がはっきりしていません。
血小板と白血球の値が極端に少ないようです。
2週間後にもう一度血液検査をして、どれくらい数値が戻ったかをみることになりました。
その結果如何では、大きな病院にて精密検査になるかも。。。とのことです。

そうならないように、しっかり食べて休息を取りたいと思います。

みなさまに大変ご迷惑とご心配をおかけしています。
健康でいることの大切さをまたまた実感させられました〜



本日Cafe Nationへお越し予定のみなさまへ [プライベート]

おはようございます。
昨日から原因不明のじんましんに襲われ、内科と皮膚科を受診したのですが、
昨晩から全身に広がり、今朝は起き上がることができない状態になってしまいました。
刈谷市のライブを楽しみにして、お仕事の調整をしてくださった方やスケジュールを空けてくださったみなさん、
そしてなにより、Cafe Nationの岡本さんには大変申し訳ないのですが、今日のライブ延期となりました。
また元気になって、みなさんとお会い出来る日を楽しみにして、まずはこの病を癒していくことに集中したいと思っています。
本当に申し訳ありません。


がんばっぺ被災地 [プライベート]

先日、母の実家とその周辺が記事になりました。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110508/dst11050818010012-n1.htm

復興に取りかかるにはまだまだ年月がかかるだろうこの場所
街に活気と笑顔が戻るように、私にできることをいざ始動!!

その第一弾として、こちら関西でのチャリティーコンサートがぞくぞく決まって来ました。

1)6月5日(日)15:30〜
  宝塚市逆瀬川アピア1階のお食事どころ「まい華」さんにて
  終演後ワンコインディナーをご用意しております。

  ここは、あの地震の次の日から募金箱を独自に設置して義援金を集めてくださりました。

2)7月23日(土)時間未定
  大阪市西区民センターにて
  今回の趣旨に賛同してくださった有志の方々による「LA BARAKA(ラバラカ)クワイヤー」が主体となってゲストを交えたチャリティーコンサート
  (LABARAKAとは神様からの贈り物という意味です。)

  出演者など詳しくは後日アップします。

3)7月24日(日)15:00〜
  兵庫県小野市うるおい交流館エクラにて
  出演:関西VOJA、金子竜太郎(和太鼓奏者)、後藤ミホコ(アコーディオン奏者)他

ここで集められた義援金はすべて、来年夏以降に予定している現地での無料野外コンサートの資金に使われます。

目標金額に達成するまで、こういうチャリティーコンサートを随時開いていくことになります。

最初に自分の思いを企画書にしたときには、これに賛同して協力してくださる人が現れるのか・・・ときどき急にいい知れぬ不安に襲われることがありました。

しかし、お渡ししたあらゆるジャンルの方々から、温かい手を差し伸べていただいています。
この3つの場所はすべて、ホール代も音響も無償で提供していただけることが決まっています。

西区では関西VOJAのSHOWKOさんが地元のネットワークを駆使してたくさんのボランティアスタッフを集めてくれています。

今このブログを読んでくださっている方で、まだ私には声がかかってないなぁという方は、どうぞ手を挙げてくださいね(^^)待ってます。


阪神淡路大震災を経験した関西人だからこそ感じる共感を、風化させてはいけないと願う想いを、
このとてつもない目標へのエネルギーにして、進んでいきます。
みなさんのご協力をよろしくお願いします。




いよいよ引っ越します [プライベート]

またまた・・・というべきか。
引っ越しします。

前回の引っ越しから2年。押し入れには一度も開けてない段ボールもあったりして。
これっていらないってことじゃない??
前回も今回も引っ越し業者さんに荷造りをお願いしています。
前回は、新居について荷解きをしてびっくり!!
これはゴミだなぁと思うものも丁寧に梱包してある。(^^;)
この反省を元に今回はいらないものは先に整理してから梱包をお願いするぞぉ〜と意気込んでいた。

しかししかし、これが23日のコンサートやその準備とレッスンとなんだかんだで、やっぱりできず。
昨日の午後からえいや!と整理の開始。

貯め込んだ雑誌(夜中にブックオフに71冊持って行き、710円で御引き取り。。。重かったのに)
賞味期限の切れた乾物(ストックしているもののいつか使うだろうと思っている八角とか缶の紅茶)
封を開けてからどれだけ経つねん!というお酒(梅酒とかリキュールとか)
いただいたけど使わないだろう洗剤類
紙袋
大量のビデオテープ(TVを録画したもの)結局一度も見てないぞぉ〜

反省の嵐であります。
下手に収納があるというのはいかん。
いつか使うだろうって気持ちがあるんですよねぇ〜
でも使う以上のストックになってしまっているわけですな。

ここに入らなくなったら捨てるというスペース理論でこれからは整理整頓を真剣にやりたいっ。
と誓うのであります。

でも、被災地に送れるだろうタオル類とか洗剤なんかを見つけて段ボールにまとめておけば、きっといつか役に立つかも。。。
引っ越しは私にとって身辺整理のいいタイミングなのでした。
今もっとも読みたい本はこちら・・・

[知っておきたいシリーズ] 整理整頓・収納のコツ (これだけは知っておきたい 暮らしの便利帖)

[知っておきたいシリーズ] 整理整頓・収納のコツ (これだけは知っておきたい 暮らしの便利帖)




募金箱です [プライベート]

4月9日土曜日のバックステージのライブは超満員でした。本当にありがとうございます。
スペシャルゲストのNO NAMES、HEART&SOULのKOZとROCOちゃん、そして南ルミコさん
歌ってくれてありがとう!
ゴージャスで楽しい夜となりました。

震災後すぐに募金箱を設置して、それを私に託したいと連絡をくれたアピアの小料理屋「まい華」のご夫妻から、ライブの後募金箱をお預かりしました。
さらにそれをバックステージのレジの横に置かせてもらい、持って帰って数えてみると
35000円ほどの義援金になっていました!!
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もう1円や10円もたくさん!このお金の重みがずっしりと私のこころに響きました。
ご飯を食べにきておつりを入れてくれたり、財布の中の小銭をさらえて入れてくれたのだろうか・・・と
善意の気持ちに想いを馳せています。


我が家のベランダから見える桜は満開です。
今日は風に揺れてハラハラと桜の花びらがベランダまで舞い込んできてます。
綺麗で今しかない贅沢。
つかの間どっぷりとその景色に酔いしれます。
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いわき市の夜、そして翌日 [プライベート]

避難所にお邪魔させてもらった夜、私たちは再会を祝していわき市駅周辺の焼き鳥屋さんにいきました。
2日前から水が出たため、やっと営業が再開したばかりでした。
普段ならにぎわいをみせるはずのお店も、お客さんは私たちを含めて3組ほど。
それでも、とっても美味しい焼き鳥に舌鼓をうちながら、再会を喜びました。

自分の食べるものは自分でというボランティアの掟により、食べ物を持参していました。
しかし、せっかく一生懸命営業再開しているお店にお金を落としてあげることも復興の大事な支援かな・・・
と私なりの思いで、それをよしとしました。
お腹いっぱいになりながらも、そば屋をはしごして、また食べる食べる。
一部のメニューは材料が手に入らないという状況でも、歯を食いしばって頑張っている姿、お客さんとの再会を喜ぶ姿などドラマがたくさんありました。

まだまだ開いているお店は少ないですが、被災地は確実に復興に向かって歩き出しているのです。

さて、その夜は震度3の余震がありました。
従兄弟たちは、これは震度3だなとか、感覚で震度がわかるほどになっていました。
また時々、
「ドン」
という二階からものが落ちたような音がするのですが、これも地震なんだそうです。
余震がまだまだ続いています。

そして、翌日はいよいよ今回のもう一つの目的、実家に行ってきました。
私は名取で産まれ、仙台市内で育ちましたが、父は退職したときに実家の近くに戻り、現在は私たちの帰省先といえば、福島県いわき市となっていました。
叔父たちと連れ立って、実家の近くまで裏道を通り、家のすぐ近くの明不作という交差点に差し掛かると、福岡県警が待ち構えていました。
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私たちの家は原発からの屋内退避エリアとなっています。

それでもまだ浜通りから直接被害の状況がみえるほどではなく、見た感じはいつもと変わらないのに、気持ち悪いくらい人っ子一人、車も一台通っていません。
駅を超えて、いよいよ海岸の近くの叔父の家に向かう線路を超えるころ、
「ここから、すごいよ。行きたくないよ〜。見たくないよぉ」
と従兄弟たちが言い始めました。
すると
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そこにはテレビで見るような光景が広がっていました。
自分がよく遊んだ場所など昔の姿がわかるだけに、なおさらその悲惨さが身にしみました。
「お母さん見て」
涙が溢れて止まりませんでした。
母が生まれ育った場所は泥とがれきの山になっていました。
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電柱にあったのだろう駅看板が引き潮と共に100m以上流されて来たのでしょうか。
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電柱は根こそぎ倒されてます。
それでも、自分たちの思い出のものや使えるものがないか倒れかけの家屋から探し出していました。
道のあちこちには写真や家財道具が泥にまみれてちらばっています。
一応、自衛隊や警察が大事なものを見つけたら一カ所に集めたり、財布や通帳が見つかった場合は保管してくれてたり、持ち主を捜して届けてくれたりもしています。

ここ福島県の浜通りは地震、津波、そして原発の三重苦を抱えてしまいました。

いわき市ではなんと仮設住宅が建てられないのです。
もし、現在の30キロ圏内が80キロまで広がればいわき市はすっぽり入ってしまいます。
そのため、仮設ではなく空いている市営住宅などに希望者には入ってもらうという方法を取っています。
そうなると、地域ごと避難していたコミュニティーがばらばらになる可能性があります。
なかなか落ち着いた生活が戻りにくい現状にあります。

避難所に、子供たちがたくさんいるのに最初驚いてしまいました。
1歳になったばかりのあかちゃんもいました。

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いわき市ではこういったものが市民に配られました。
これは安定ヨウ素剤です。
市から指示があったら飲むように書いてありますが、すでに飲んでしまった市民もいらっしゃるとか。
情報が錯綜していますし、これをもらったらいよいよ危ないのか・・・と住民の不安をあおります。
これを読むと乳幼児や子供はとくに影響が大きいようです。

この現実にどう向き合ったらいいのでしょうか。
そして子供たちの笑顔を守るにはどうしたらいいのでしょうか。

これから、私たちの行動がはじまるのです。



いわき市の避難所 [プライベート]

いわき市の避難所ではまだ水がでないところがあります。

わたしがお邪魔させてもらった避難所ではこんなものが下駄箱の横にありました。
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一瞬何かわからなくて校長先生にお尋ねすると、なんとそれは
お風呂でした。
白いバケツの中にお水が入ってます。これは自衛隊の協力で近くの湧き水を汲んで来て、プールに貯めておいてあるそうです。
そこから必要な分だけ汲んで来ているんですね。
中は
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こんな感じのバスタブがあります。
これは灯油を使って暖めるシステムになっていて、灯油もそんなに豊富にあるわけではないので、
一応週に2回だけお風呂の日をもうけているそうです。

入り口には
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これは子供たちが少しでも楽しい雰囲気を作ろうと学校の名前を取って作った立て看板です。



いわき市から伊丹へ [プライベート]

水曜日の午前中にいわき市へ入りました。
ルートとしては、伊丹から福島空港への朝一番の飛行機に乗りました。
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10時発いわき行きのシャトルバスにてそのままいわき市駅へと到着できます。
いわき市駅に到着するまで見た光景
瓦屋根や壁が一部損壊している住宅があり、
また企業や郵便局や店舗の窓には
「がんばっぺ いわき」などのメッセージが張り出されてました。
そして、ガソリンスタンドへの長蛇の列と
「今日の営業は終了しました。明日も○時から営業しますので、余裕のある方は明日御並びください」
というボードや
「本日1時から営業します」などの店舗に朝から並ぶ車の列でした。

いわき市駅に降り立つと、街を歩いている人も車の人もほとんどがマスクを付けているというのが、まず最初の印象的でした。
市街地はMARUTOやコンビニも開いていて、駅前のミスドが「今日から営業を再開しました」と街頭で呼びかけていました。
常磐線は復旧の目処が立たないため、駅のホームや線路は工事の方たちのみ見受けられました。

そのままFMいわきへと移動して行く中では、道のあちこちで陥没や亀裂があり、古い住宅の壁や屋根が一部損壊しているような状況でしたが、それほどひどいという印象は正直ありませんでした。
しかし、FMいわきのスタッフルームに通していただき、現在の状況をお聞きする中で、忙しく電話対応などされているスタッフのみなさんの姿をみて、その尋常じゃないさまを少しずつ肌で感じはじめました。
いわき市駅周辺は2日前からやっと水が出始めたそうです。(いわき市では現在もまだ断水地区が40%あるそうです)
一度もお風呂に入ってないそうで、
「それがだんだん当たり前になってきて、いいかぁなんて思えてるんです」
とおっしゃってました。
それでも髪の毛はやっぱり洗いたいそうで、美容院で無料で洗髪してくださるところがあるということです。
その日は、TVチャンピョンで1位になったラーメン店さんがいわきに車で乗り込んでいて、
「どこの避難所で何時から炊き出しが振る舞われます」
というアナウンスをしていました。
私も父の安否がわからないときにネットを通じてずっと聞いていた放送だっただけに、住民のみなさんの貴重な情報源になっているのがよくわかりました。

さて、そこから移動すること数分で、今度は東北電力いわき営業所にお邪魔しました。
1月にいわき営業所主催のコンサートをいわきでさせていただいたばかりでしたので、その担当者にお会いすることになっていました。
近くの信号できょろきょろしていると、
「あやこさん?」
という明るい声が聞こえてくるではありませんか!?
たまたま郵便局に行っていた担当者の櫛田さんとばったりお会いしてそのまま社屋に案内していただきました。
やはり1日前から通常営業を始めたという地下の社員食堂で昼食をいただきながら、地震当日やそれからの炊き出しのお話など色々伺いました。
でもこうやって温かい美味しいお食事をいただくと、私などはあまり日常と変わらないだけに、地震のことを一瞬忘れてしまうくらいでした。

私が今やろうとしているチャリティーコンサートについての説明をしていると、櫛田さんの方からいわきで活躍しているプロミュージシャンや和太鼓集団、イベンターの方などたくさんご紹介いただき、私の中でまた輪が大きく広がっていくような感覚を覚えたとき、ふと櫛田さんの方から
「で、これからどうするの?」
と聞かれ、いわき市役所に勤めている従兄弟に案内してもらって、避難所を少しでも廻らしてもらおうと思っていることを伝えると、なんと東北電力につとめている市議会議員さんをご紹介くださったのです。
その方が、フットワーク軽くあっという間に避難所60カ所の中から、私の親戚や父が住んでいる久之浜町の方たちが避難している小学校をピックアップして、そこでミニライブを開催できる段取りまでつけてくださりました。

今回は私が関西地区でこれからチャリティーイベントを開催するための情報収集というのが一番の目的でしたが、もしどこか歌える場所があれば、アカペラでも生声でも何かできたらという思いも持っていました。
でもそれが具体的に叶うということが決まり、身体が震えてくるのがわかりました。
「私にいったい何ができるんだろう・・・」


朝6時に家を出て駅まで歩いていたときに、ちょうど太陽が真っ赤に燃えながら登ってくるのが見えました。
何かに似てる・・・
一瞬わからなかったのですが、それは日本の国旗日の丸でした。
それを見たときに、
”神様の望んでいることを私にさせてください。どうぞ誰かの邪魔ややっかいにならないようにいさせてください”
と祈りました。
一人で被災地に行くことは私にとって脅威でもありました。


さて、ちょうどこれから避難所の小学校に向かおうかというところに、別の従兄弟が到着しました。
彼女は千葉の親戚のところで体調を崩していた両親とともに避難していたのですが、ちょうど今日こちらに戻って来て、私のライブに同行したいと来てくれたのでした。

従兄弟も連れ立って避難所に行くと、最初の小学校に入って驚きました。子供たちがたくさんいるのです。
体育館に入るとそこではテレビで見るような光景が広がっていました。
みなさん、夜もぐっすりとは眠れず、昼間も横になっている方もいらっしゃるようです。
アカペラでもいいと思っていたのですが、体育館にはマイクもカラオケを流す機材も用意されていて、しかもピアノまで置いてありました!!
せっかくなので、ピアノを弾いたり、AMAZING GRACEやふるさとを歌い、最後はVOJAのオリジナル曲「きずな」を歌わせていただきました。
帰るときには「がんばってね」と声をかけてくださるんです。
私は「ありがとうございました」としか言うことができませんでした。
そんな中、4年前になくなった母とお友達だっという方に声をかけられました。
「ふるさと聴きながら涙が溢れて・・・」
という言葉に、私も声がでませんでした。
従兄弟は同級生たちと再会できたそうで、その避難所を選んでくださった安田さんのお心遣いに感謝、感謝の思いでした。

つづく




いわき市に行ってきます。 [プライベート]

何ができるかわかりませんが、今私にできることの一つとして、明日いわき市に行くことになりました。
またこちらでも報告したいと思います。


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